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良いあそなすちゃん

良い方のあそなすちゃんです!

情報を無視する能力

エンジニアじゃない人もリポジトリにコミットしたり、チャットでがやがや話をしていたり、Issuesトラッカーで盛り上がりをみせていたり、そういう情報があふれるチームで何年も仕事をしていると、必要のない情報を無視する能力が育ってくる。

メンションがきたら何かしらのポップアップで僕に通知がくる。それを見て、自分に関係ありそうなものだったら何かアクションをする、そうじゃなかったら無視をする。そういう能力。鍛えれば鍛えるほどその判断は高速にできて、仕事が捗る。

「いや、そもそも通知とか必要最低限にしておけばそういう判断も能力も必要ない」という意見もあるけど、それって結局情報を発信する側が、その情報を必要としてそうな人を選択する必要があり、そういう選択をさせることによって情報共有が漏れたりすることがある。発信する側のコストをよりゼロに近づけて、情報を受取る側が煮るなり焼くなり無視するなりするほうが楽ではないだろうか。

(社内では何度も何度も言ってるけど)僕が何よりも恐れるのは、情報共有ができていないことによって仕事に支障がでることだ。
それを防ぐためにはすべての情報を全員が知ることができることで、平坦なチームとして仕事ができることを望むのであった。

チャットを使っていると、通知の粒度とか、関係の無い話は云々という人が居て、まぁ言わんとしたいことはわかるけど、雑な発言を許容したり、上述の通り情報を無視する能力を各自が高めてくれというスタンスで僕はいる。

チャットは社内のコミュニケーションツールの中でも自由度の高いツールとして使っていて、自由だからこそそこにルールを敷くとあんまよくない気がする。
ルールによってコミュニケーションの萎縮や情報の出が良くなくなると、コミュニケーションツールや情報共有ツールとしての敗北を感じる。

適切にツールを拡張する、たとえば新しい部屋をつくったり便利なスクリプトを書いたりフォーマットを決めたりするのはいいけど、できることの制限を増やすことによる不利益(つまり情報共有の失敗によるミスコミュニケーション等)は将来的に枷になることのほうが多いです。

こういう情報共有とかツールの使い方に関することは定期的に教育とかするの結構しんどくて、各位の判断や情報共有のやりかたを信じるほうが何かと効率がよいというのがここ最近の結論としてある。

「各位 よろしく」なスタンスで問題がないと確信できる理由の1つに、チームや組織に敵は居ないので性善説で通して全く問題ないんですよ。というのがある。いいですか、チームや組織に敵は居ないのです。

あわせてよみたい。


雑に発言をしよう - @bash0C7. hatenablog.entries.reverse_each


情報共有おじさん - killed_by?(Charity)